「やり切れるオンボーディング」は設計で決まる 信頼されるカスタマーサクセスの仕組みづくり

こんにちは、アディッシュ株式会社で企業のカスタマーサクセス支援の常駐業務に従事している出窪です。
「この人に任せたい」そんな一言をもらえたとき、カスタマーサクセスの仕事はひとつ報われるのではないでしょうか。私たちカスタマーサクセスの役割は、単なるプロダクト導入のサポートに留まりません。ツールを通じてお客様の業務や成果がどう変わるかを一緒に描き、寄り添い、伴走する存在です。
特にオンボーディングは、プロダクトの価値を最大限に届けるための最初の重要な局面です。単なる初期設定サポートやFAQの共有ではなく、計画的に設計された支援フローに基づきながらも、顧客ごとの状況に応じて柔軟に対応していくことが求められます。
限られた期間で導入を完了させるには、「設計力」と「やり切る力」が不可欠であり、それが結果として「この先もこの人となら安心」と感じていただけるような信頼構築に繋がります。
書籍『「あなたから買いたい」といわれる販売員がしている大切な習慣』には、「マニュアル通りでは成果に繋がらない」「商品知識よりも相手に合わせた伝え方が重要」「複数の切り口を用意し状況に応じて提案する」といった成果を生む販売員の具体的な行動や習慣が紹介されています。これらは、カスタマーサクセス、特にオンボーディングのフェーズにおいても極めて有効です。
型にはめた操作説明ではなく、顧客の業務課題や導入背景を踏まえ、理解度や活用シーンに合わせたアプローチの設計力が求められます。販売とカスタマーサクセスは、異なる職種でありながら、「相手を深く理解し、言葉を選び、伴走する姿勢」という本質的な在り方は共通していると考えます。本記事では、そうした視点を踏まえて、オンボーディングを“やり切る”ための設計と工夫について、実践例を交えて紹介します。
オンボーディング事例と背景について
クライアント企業:経営管理クラウドを提供するSaaS企業
対象顧客:新規導入企業の経営企画部門、財務部門
KPI:契約開始から1ヵ月間でのオンボーディング完遂
背景課題:多忙な業務の中でツール導入が後回しになりやすい
実践例:1ヵ月間でのオンボーディング完遂を実現した取り組み
1.オンボーディング成功に向けた4つの工夫
1-1.オンボーディング開始前のゴール共有で顧客を巻き込む
オンボーディング導入のポイントは“目的が顧客の言葉で語られている状態”を作り出すことです。プロダクトを導入する目的や、理想の業務状態を最初の打ち合わせでヒアリングし、それを顧客自身の言葉で明文化します。この段階で、「カスタマーサクセスがプロダクトの操作支援だけでなく、自社の成功を一緒に考えるパートナー」であると認識してもらうことが、その後の関係性に大きく影響します。
また、初回MTGでは、プロジェクト成功のために必要な「顧客側の役割」も明確に共有します。たとえば、財務データの準備や予算フォーマット、承認フローの確認など、顧客側にしかできない事項や役割分担を具体的に伝えることで、「受け身で進むプロジェクトではない」と自然に理解してもらう狙いがあります。
1-2.質問表を活用しMTGの密度を最大化する
質問表は、定例MTGの時間を「操作実践」や「運用方針のすり合わせ」など、本質的なテーマに集中させるためのツールです。
スプレッドシート形式で導入に際しての懸念点や、操作上の疑問を事前に顧客が整理・共有できるよう設計しています。回答方法は、カスタマーサクセス側で随時入力、もしくは、Slack上でタイムリーに返答し、必要に応じてショートMTGも実施しました。これにより、定例MTGの時間はFAQの確認場にならず、実際に画面を動かして操作を確認したり、実運用に向けた相談を深掘りするといった、濃度の高い対話の場となります。
さらに、質問表の内容から顧客のITリテラシーや活用イメージ、組織体制の温度感を把握し、進行速度やコミュニケーション方法の設計に反映しました。
1-3.タスクの設計と週次の小刻みなMTGで止まりにくい進行をつくる
多忙な顧客の導入プロジェクトでは、「進まない原因の8割は、次に何をすればいいかわからないこと」と言われます。だからこそ、全体のToDoを細かくブレイクダウンし、「いつ・誰が・何を・なぜするのか」が一目でわかるタスクシートを設計しました。進捗管理は週次MTGで画面共有しながら行い、担当者間での認識ズレや抜け漏れが起きないように進めました。
さらに、作業が進まない場合は実作業時間を意識的に確保しました。加えて、チャット即時対応や、動画解説によるセルフ対応支援も並行し、「やるべきことにすぐ着手できる」環境づくりに注力しました。
1-4.顧客のモチベーションを“1ヵ月でやり切る意義”に紐づける
オンボーディングが長引くと、現場の熱量は確実に下がっていきます。だからこそ、初期段階で“1ヵ月でやり切る意義”を丁寧に伝えることが重要です。
具体的には、下記3点を利点として共有します。
- 導入効果を早期に実感できることで社内評価に繋がる
- 決裁者や現場メンバーの関心が高いうちに進行できる
- 他部門との連携フェーズに早く進むことで活用定着の時間を確保できる
2.結果:9社中7社が1ヵ月以内にオンボーディング完了
導入支援を行った9社中、1ヵ月以内のオンボーディング完了は7社、2社は想定より遅れ2ヵ月以内に完了となりました。
3.課題分析
オンボーディングが1ヶ月以内に完了しなかった2社については、顧客側の稼働状況がひっ迫しているうえ、オンボーディングに対する優先順位が相対的に低かったことが主な要因でした。
この状況を踏まえ、オンボーディングを前進させるために以下の対応策を実施しました。
- MTG内に作業時間を確保し、実作業をその場で進める体制を構築
- 訪問支援による経営層の巻き込み
- 可能な範囲でのタスクの巻き取り
これらの対策を講じたものの、オンボーディングの進行は依然として顧客の対応に大きく依存しています。特に、作業の主体が顧客側にある構造上、リソースや内部体制の状況により、進捗に影響が及ぶことを改めて認識しました。
4.今後の改善施策
4-1.タスク一覧の運用強化
これまで形式的に使用していたタスク一覧を「見せる」から「共に使う」運用へ転換します。これにより、誰が・いつ・何をするかが明確になり、認識のズレや抜け漏れを防ぐことができます。また、その場でタスクの粒度や優先順位を調整できるため、「進め方の設計」の場としての機能も期待できます。
さらに、タスク一覧を軸にオンボーディング全体の進捗と状況を可視化できるようになり、チーム内の情報共有や引継ぎも円滑化。属人化解消に繋がり、誰が担当しても一定の支援水準を維持できる体制を実現し、安定したオンボーディングを支える基盤となるでしょう。
4-2.顧客タイプに合わせた進行パターンの標準化
事例の蓄積から、「業種・体制が類似する企業ではこの進行パターンが効果的」という型が見えてきたら、それをナレッジとして精緻化し、初回提案時点で提示できるよう準備します。
顧客にとっても、進行の全体像がつかめることで安心感が生まれます。また、キックオフ時には「1ヵ月間で完遂した企業」のモデルケースを紹介し、顧客タイプに応じた進行パターンの事前提示に繋げていきたいと考えています。
これは、書籍『「あなたから買いたい」と言われる販売員がしている大切な習慣』の中で紹介されている「顧客タイプに合わせて提案内容を準備する」という考え方にも通じています。カスタマーサクセスにおいても顧客タイプに応じた“再現できそうな前例”を提示することで、導入への不安を和らげ、前向きな一歩を後押しすることができます。
そして、こうしたアプローチは、「汎用的な型」と「個別最適なアレンジ」の両立を可能にし、オンボーディングの成功率を高めることとなります。
その実現に向けて、初期段階で顧客タイプを見極め、1ヵ月でやり切る意義をしっかり伝えることで、プロジェクト全体のモチベーションを底上げします。さらに成功企業の声を共有することで、「自社も同じように進めたい」と思ってもらえる導線を設計します。
まとめ:やり切れるオンボーディングには「型 × 顧客理解 × 信頼」が不可欠
オンボーディングを最短距離でやり切るためには、“再現性のある型”が必要です。しかし、型をそのまま押し付けるだけでは顧客は動きません。大切なのは、「型を持ちつつ、顧客に合わせて柔軟に変えること」です。これは、販売の現場でもカスタマーサクセスでも信頼を積み重ねる仕事に共通する鉄則です。
そのために、カスタマーサクセスとして意識したい3つの視点をご紹介します。
1.設計力:仕組みでやり切る
時間がない顧客でも前に進めるように、タスクの分解・優先度づけ・可視化によって前進をサポートします。提案や対応は、テンプレートをベースにしながらも、顧客タイプや体制に応じたアレンジを加えることが大切です。
2.習慣力:信頼を日々積み上げる
書籍で紹介される接客術に学ぶように、伝える力以上に「伝わる力」を意識し、言葉や温度感を丁寧に調整することで、顧客との信頼関係を育てます。毎回の接点が「自分のことをきちんと理解してくれている」と感じてもらえる機会になります。
3.信頼構築力:信頼されるカスタマーサクセスは自己研鑽を欠かさない
優れた販売員が「お客様との関わりを通じて自分も成長する」と語るように、カスタマーサクセスも任されることで責任感が増し、対応の質が向上します。「また会いたい」と思ってもらえるようなカスタマーサクセスを目指して、自身のスキルや姿勢を磨き続けることが、継続的な信頼構築に繋がります。
おわりに:やり切る力が信頼を生む
今後のカスタマーサクセスには、再現性のある“型”を軸にしながらも、顧客ごとの状況や課題に応じた柔軟な対応が求められると感じています。特にオンボーディングにおいては、標準化されたプロセスをベースとしつつ、顧客ごとの優先度や導入背景に合わせて提案内容を調整していく「設計力」が重要です。
今回の実践を通じて実感したのは、オンボーディングの完了期間は、顧客事情だけではなく、カスタマーサクセス側の関わり方や設計次第でも大きく変わるということです。限られた時間の中で、タスクを分解し進行を支える仕組みを整え、前に進める力が結果を左右します。
つまり、カスタマーサクセス自身がプロジェクトを「やり切る力」を持ち、型を活かしながら個別最適に導けるかどうか。そこに、顧客との信頼関係の構築や、継続的な価値提供が生まれるかどうかの分岐点があると考えます。