ヘルススコア設計のプロセス:実践的フローと現場での活用術

永冨隆之
2025.10.23
SaaSやサブスクリプション型サービスが目覚ましい成長を遂げる現代において、「解約防止」と「LTV(顧客生涯価値)最大化」は、カスタマーサクセス(以下、CS)が取り組むべき最重要課題です。この目標達成に不可欠なのが、顧客の状態を定量的に捉える「ヘルススコア」です。
ヘルススコアは、単なる数値に留まりません。顧客の解約リスクやアップセルの兆候を早期に察知し、適切なアクションへと繋げるための「道しるべ」として機能します。
この記事では、ヘルススコアの設計から運用、そして実際の業務で最大限に活用するためのポイントを詳しく解説します。
なぜ今、ヘルススコアが注目されるのか?
顧客の成功を追求するカスタマーサクセスにとって、顧客の状態を「見える化」することは不可欠です。ヘルススコアは、これまで見えづらかった顧客の「温度感」や「健康状態」を定量的に把握することを可能にします。
これにより、CSはよりプロアクティブなアプローチを取れるようになり、問題が顕在化する前に「予兆」を捉え、対策を講じることが可能になります。
ヘルススコアが果たす3つの重要な役割
ヘルススコアは、顧客の“見えづらい状態”を定量化し、可視化するための強力な仕組みです。その主な役割は以下の3点に集約されます。
顧客の状態把握
ログイン頻度や機能の利用状況、問い合わせ数などを指標化し、顧客ごとの状態を明確に可視化します。これにより、ブラックボックスになりがちな顧客企業内でのサービス利用状況を数値として把握できます。
優先順位の判断基準
複数のアカウントや顧客を担当するCS担当者にとって、どの顧客に優先的に対応すべきかを判断する客観的な材料となります。限られたリソースを効率的に配分するために不可欠です。
チームの共通言語として機能
定性的な感覚に頼るのではなく、スコアという共通認識に基づいて施策を進められるため、属人化の防止に繋がります。「〇〇さんが言っているから」といった根拠の薄いやり取りを最小限に抑え、チーム全体の対応品質を向上させます。
このように、ヘルススコアを設計・運用することで、すでに起こった「結果」に対応するのではなく、「予兆」を捉え、先手を打つプロアクティブなカスタマーサクセス活動が可能になります。
ヘルススコア設計の実践プロセス
効果的なヘルススコアを設計するには、以下のステップを踏むことが重要です。
解約要因の構造化:DEARフレームワークでの可視化
まずは自社の解約理由を詳細に分析し、「DEARフレームワーク」に沿って関連する要素を洗い出します。この段階では、データの取得可否は問わず、ヘルススコアに関連し得るあらゆる情報を幅広く抽出します。
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- D:(Deployment) - オンボーディング完了率、初期機能利用率、API利用率、CSMのタッチポイント数
- E:(Engagement) - 使用頻度、口コミやレビュー数、顧客満足度(CSAT)、デッドアカウント率
- A:(Adoption) - 主要機能の利用率、アクティブユーザー率、新機能利用率、顧客のフィードバック頻度
- R:(ROI) - 売上増加額、作業時間の削減率、エラー発生率の低下、アップセル/クロスセルの成功率
まずはそれぞれの項目で3〜5種類の要素を列挙してみましょう。
健全な状態の定義とデータの絞り込み
次に、抽出した「DEAR」の各項目において「顧客の理想的な状態(問い)」を具体的に定義します。その上で、実際に取得可能なデータに絞り込みを行います。顧客のあるべき姿を明確にすることで、どのようなデータが必要か、具体的なイメージが湧き、スコアに反映すべき指標が明確になります。
例:
D:顧客の初期定着と活用が促されている状態とは?
例:オンボーディングがきっちり完了しているか
指標:オンボーディングの完了率
E:顧客の満足度とロイヤルティが高い状態とは?
例:サービスを使ってみてどう感じているか
指標:NPS
A:長期的なリテンションの維持が期待できる状態とは?
例:「しっかり継続して利用されているか」
指標:「アクティブユーザー率の推移」
R:ROI(顧客がうまく利用できている状態)を妨げる可能性のある要因はあるか?
例:「特に決裁権者が離れたりしていないか」
指標:「管理者アカウントのログイン状況(キーとなる方の動き)」
データ取得・集計方法の設計
スコアを定量的に可視化するためには、データの取得方法を策定する必要があります。以下の点を考慮して検討しましょう。
- データ抽出元: 開発DB・SQL、CSV、プロダクト内のログなど
- 集計頻度: 週1回、月1回など
- 管理ツール: BIツール、スプレッドシートなど
継続的かつ定常的な運用を実現するために、現実的な運用方法を想定しておくことが成功の鍵です。
スコア配点と重み付け
次に、各指標の重要度に応じてスコアを設定します。
以下のようなアプローチが有効です。
- 重要項目への高配点: 特に重要な項目には高い配点(例:5段階中5点または4点)を設定します。
- 閾値設定: スコアに基づいて顧客の状態を分類する閾値を設定します(例:5,4点は要注意、3,2点は注意喚起、1は健全)。
- 非線形スコアリング: 特定の指標が悪化した場合に、全体スコアを大幅に減点するなど、非線形な重み付けを行うことで、より意味のあるアラートとして機能する設計が可能になります。
これにより、スコアの「見た目」だけでなく、具体的なアクションを促すアラートとして機能する設計を目指します。
評価方法の決定
運用面を意識した評価方法も設計します。例えば、以下のような方式があります。
- スコア単体での優先順位決定: スコアのみで対応優先順位を決めます。
- 「顧客規模 × スコア」での優先度付け: 顧客規模(利用人数、ARR・MRRなど)とスコアを組み合わせて優先度を付けます。
- 類似スコア顧客のグルーピング: 類似するスコアの顧客をグループ化し、アプローチ方法やサポート方法をテンプレート化します。
検証とフィードバック
設計したヘルススコアを、過去の実績データに基づいてテスト運用し、その精度や妥当性を検証します。この段階では、担当者の「肌感覚」といった定性的な判断も踏まえながら、スコア設計を微調整していくことが重要です。ただし、定性的な感覚に頼りすぎるのは本末転倒であるため、あくまでデータの補足や根拠付けとして活用することをおすすめします。
実務運用における課題と解決策
ヘルススコアは、設計して終わりではありません。実際の運用で直面しやすい課題と、その解決策について解説します。
スコアが「使われない」問題
せっかく作成したスコアが、現場で活用されないケースは少なくありません。
- 解決策: Slack連携や自動レポートなど、CS担当者が日常的にスコアを目にする「仕掛け」を作ることが重要です。
スコアと実態がズレる
スコアが高いにもかかわらず解約される、あるいはスコアが低いのに好調な顧客がいるなど、スコアと実態の間に乖離が生じると、ヘルススコア自体の信用を失います。
- 解決策: 目安として、半年に一度は解約実績とスコアの相関性を見直し、改善策を検討しましょう。定期的な見直しと調整が不可欠です。
アクションが属人化する
「誰が見ても同じ対応ができる」ようにするためには、アクションのテンプレート化が必須です。
- 解決策: 5W1H形式で行動基準を整理しておくことで、CSメンバーの習熟度に左右されず、対応品質を担保できます。
顧客数増加に伴う対応力の限界
顧客数が増加すると、すべての顧客にハイタッチ(打ち合わせなどで直接サポートを実施)で対応するのは困難になります。
- 解決策: 顧客数が増加した場合でも持続可能な運用を目指しましょう。
- スコア基準値の引き上げ: より高リスクの顧客に焦点を絞る。
- セグメント別対応: 例として「5点以下は個別対応/6~8点はツールを使った画一的な対応」のように、スコアに基づいて対応方法を分けます。
- CS人員の増強、ナレッジ共有、教育制度の構築: 組織的な対応力強化も検討します。
まとめとアクションリスト
ヘルススコアは、単なる「管理指標」ではなく、カスタマーサクセス活動を再現性のある仕組みに変えるための強力な基盤です。しかし、その価値を最大化するには「作って終わり」ではなく、継続的な検証と改善が欠かせません。
これからヘルススコアの設計・運用を進めるCS担当者に向けて、以下にアクションリストをご紹介します。
<ヘルススコア設計に向けたアクションリスト>
- 自社の解約理由を整理し、「DEARフレームワーク」で分解してみる。
- スコアに使えそうな「取得可能なデータ」を洗い出す。
- 健全な状態の定義をチーム内でディスカッションする。
- まずはExcelやGoogleスプレッドシートを使って、試験的にスコア設計を始めてみる。
- 半年に一度、ヘルススコアの精度を振り返って、改善策を検討する。
- スコアごとのアクションを予め整理しておく。
- 顧客増加を想定した対応方法を検討する。
ヘルススコアを導入することで、あなたのカスタマーサクセスチームは、よりデータに基づいた、効率的かつ効果的な活動を展開できるようになるでしょう。ぜひこの機会に、ヘルススコア設計に取り組んでみてください。

この記事を書いたライター
永冨隆之
2011年2月にアディッシュへ入社。カスタマーサポート部門でオペレーターから運用統括まで幅広く担当し、ツール設計、拠点管理、教育業務も担当。現在はカスタマーサクセス領域を主軸に、コンサルティングや伴走支援、1on1・座談会の企画、タレントマップ作成などを通じて組織力向上に取り組んでいる。前職は音楽業界でギター講師やレコーディング、バンド活動、バックステージ業務などを経験。
