ヘルプページやFAQは“コスト削減ツール”ではなく、“顧客体験向上ツール”である

小林幸平
2025.06.03

企業のカスタマーサポートにおいて、ヘルプページやFAQ(Frequently Asked Questions)の整備は今や欠かせない存在となっています。多くの企業が「問い合わせ件数を減らす」「対応工数を抑える」といった目的でFAQの強化に取り組んでいますが、果たしてその“目的”は正しいのでしょうか?
確かに、適切に設計されたFAQは、ユーザーの自己解決を促進し、結果としてオペレーターの負荷を軽減するという効果があります。しかし、FAQの真の価値はコスト削減にあるのではなく、顧客体験(Customer Experience、以下CX)の質を高めることにあります。
この記事では、「FAQは顧客体験を支えるツールである」という視点から、その本質と可能性を紐解いていきます。
「自己解決=安上がり」という思い込み
FAQやヘルプページの導入・改善の動機として最も多いのが、「問い合わせ対応のコストを削減したい」という声です。たしかに、電話やチャット、メールといった有人対応と比べて、FAQは一度作成すれば何度でも利用され、追加の人件費がかからないため、コスト効率の良い手段であることは間違いありません。
しかし、“自己解決が可能になること”は必ずしも“ユーザーにとって良い体験”とは限りません。
例えば、FAQにたどり着くまでに複雑な操作を求められたり、キーワード検索で的外れな結果しか表示されなかったりすると、ユーザーは「時間をムダにした」「結局問い合わせるしかなかった」と不満を抱くことになります。
このようなネガティブな体験は、顧客のロイヤルティやブランドイメージに悪影響を与えます。“自己解決”はユーザーにとって「速く・正確に・簡単に」目的が達成できた場合にのみポジティブな体験として成立するのです。
FAQは“情報資産”であり、“ブランド体験の一部”である
現代の消費者は企業と接するあらゆる接点、例えば商品・サービスの使用体験だけでなく、購入前の調査、アフターサポート、問い合わせの対応など、すべてを通じて「その企業らしさ」を感じ取ります。FAQやヘルプページはその中でも、「困ったときにすぐに頼れる存在」としての役割を担う重要な接点です。
仮にFAQが充実していても、表現が分かりづらかったり、更新されておらず古い情報のままだったりすると、ユーザーは「この企業は顧客のことを考えていない」と感じるかもしれません。一方で、ユーザーの目線で丁寧に書かれたFAQは、「この企業は私のことを理解してくれている」という信頼感につながります。
つまり、FAQは単なる情報の羅列ではなく、企業の価値観や顧客への姿勢を反映する“ブランド体験の一部”なのです。
カスタマーサクセスの一環としてのFAQ活用
SaaSや定期購入型のビジネスでは、FAQの役割はさらに広がります。それは「顧客の自己解決を支援する」だけでなく、「サービスの継続利用・活用を促す」ことにも貢献できるからです。
たとえば、FAQの中に以下のようなコンテンツを含めることで、顧客がより自発的にサービスを使いこなせるようになります。
- 実際のユースケースを紹介した“活用事例”
- ベストプラクティスとしての“おすすめの使い方”
- よくある“つまずきポイント”とその回避策
- サービス導入初期の“はじめてガイド”
こうした情報は、顧客が「わからないことがあっても、すぐに調べられる」「ひとりでも安心して進められる」という体験を生み出します。この安心感こそが、顧客満足度や継続率の向上に直結します。
顧客体験向上のためのFAQ設計・運用のヒント
FAQを“顧客体験のためのツール”として育てていくには、以下のような視点と工夫が求められます。
1. 構造と検索性の最適化
ユーザーが迷わず目的の情報にたどり着けるよう、情報構造はシンプルかつ直感的であるべきです。また、自然言語での検索やタグ・カテゴリによる絞り込みも、重要な要素です。
2. モバイルフレンドリーなUI設計
モバイルでの閲覧を前提としたデザインにすることで、どんな環境でもストレスなく情報にアクセスできます。読みやすいフォントサイズ、操作しやすいリンク配置など、細部まで気を配ることが大切です。
3. 表現のわかりやすさ
専門用語や業界用語に偏らず、誰にでも伝わる言葉で説明することが基本です。また、単に「〜してください」だけでなく、「なぜそれをするのか」「どういうときに使うのか」まで説明することで、理解が深まります。
4. 定期的な更新と改善
FAQは一度作って終わりではありません。検索ログやユーザーのフィードバックをもとに、「実際によく使われているか」「求める答えにたどり着けているか」を分析し、PDCAを回すことが重要です。
5. ナレッジベースとしての拡張
FAQにとどまらず、動画マニュアル、操作ガイド、コミュニティQ&Aなど、ユーザーの学びを支援する総合的な「ナレッジベース」へと進化させることも、顧客体験の強化につながります。
まとめ:「問い合わせ削減」は“結果”であって、“目的”ではない
FAQを作るとき、多くの企業が「問い合わせ数を減らすこと」を目標に据えがちです。しかし、本来の目的は、「ユーザーがストレスなく疑問を解消し、サービスを快適に利用できるようにすること」ではないでしょうか。
そしてその結果として、問い合わせが減り、対応コストが抑えられるという“副産物”が得られるのです。
FAQやヘルプページは、「問い合わせ削減のために仕方なく作るもの」ではなく、「顧客との信頼関係を築くために積極的に設計するもの」です。
FAQのあり方を見直すことは、単なるサポート業務の改善ではなく、企業のCX戦略そのものをアップデートすることに他なりません。
“ファンを生む自己解決体験”を提供するためのFAQづくりにシフトしていきましょう。

この記事を書いたライター
小林幸平
カスタマーサポート歴10年。課題の洗い出しや運用フローの改善、カスタマーサポートシステムの初期構築などを担当。