アップセルとダウンセルの違い|提案のタイミングや企業事例を紹介
従来、アップセルやダウンセルは、販売効率や顧客単価を高める営業手法として活用されていました。最近では、サブスクリプション型のSaaSサービスの台頭によりカスタマーサクセスの重要性が高まる中、アップセルやダウンセルが再び注目を集め始めています。アップセルやダウンセルは、見込み客だけではなく顧客にも有効な手段だからです。
本記事では、アップセルとダウンセルの違いやそれぞれの活用方法を解説します。最後に企業事例も紹介しているので、具体的な活用方法をイメージできるでしょう。
アップセルとダウンセルの違い
アップセルとダウンセルには、施策を実施する際の目的に大きな違いがあります。それぞれの特徴は次の通りです。
- アップセル:上位商品や上位プランを提案して顧客単価を向上させる手法
- ダウンセル:価格の安い商品やサービスを提案して購買意欲を高める手法
アップセルは、顧客単価を引き上げLTV(顧客生涯価値)の向上を目的としているのに対し、ダウンセルは購買意欲を高め、スムーズな購入へとつなげるのが目的です。ここでは、アップセルとダウンセルの特徴を具体的に解説します。
アップセルとは
アップセルとは、商品やサービスの購入を検討している見込み客、あるいはすでに契約済みの顧客に上位モデルの購入を提案する手法です。例えば、コーヒー店でカフェラテのSサイズを注文した顧客に対し、Mサイズを提案するイメージです。サブスクリプションサービスの場合は、無料プランから有料プランに、またはさらに上位プランを提案する方法がアップセルにあたります。アップセルを実施する目的は、LTVを向上させることです。現在よりも価格の高い商品やサービスを購入してもらうことで、顧客単価が上昇します。顧客が継続的に上位モデルを利用することでLTVの向上につながる仕組みです。
ダウンセルとは
ダウンセルとは、あえて価格の安い商品やサービスを提案して購買意欲を高める手法です。例えば、テレビの購入を検討しているものの、価格の高さから購入に踏み切れない見込み客に対して、グレードを下げたモデルを提案する方法が該当します。最新モデルのテレビより機能は劣りますが、少し安いモデルなら購入しやすいでしょう。
また、ダウンセルは、見込み客だけではなく顧客にアプローチする際にも効果的です。仮にサブスクリプションサービスの解約を検討している顧客がいたとしても、現在よりも月額料金が安いプランを提示して継続利用を促すことで、解約を防げる可能性があります。商品やサービスの提案方法には、ほかにもクロスセルと呼ばれる手法が存在します。クロスセルは、購入を検討している、あるいはすでに購入済みの商品の関連商材を提案する手法です。
アップセル・ダウンセルの最適な提案タイミング
アップセルとダウンセルには、提案するべき適切なタイミングにも違いがあります。見込み客や顧客からポジティブな反応を得られたときはアップセル、反対にネガティブな反応があればダウンセルを提案するのが効果的です。
アップセル提案の最適なタイミング
アップセルは、見込み客や顧客からポジティブな反応があった際に提案すると良いでしょう。具体的なタイミングは次の通りです。
- 見込み客:商品やサービスの購入を前向きに検討しているとき
- 顧客:満足度の高い状態で商品やサービスを利用しているとき
見込み客や顧客が商品・サービスに対してポジティブな感情を抱いている時ほど、アップセルの成功確率が高まります。例えば、商品の購入を前向きに検討している見込み客に対して、「こちらの商品のほうが値段は高くなるものの、お客様の求めている成果を得やすくなる」といった提案を行えば、スムーズに上位モデルの販売促進が可能です。
ダウンセル提案の最適なタイミング
ダウンセルは、見込み客や顧客からネガティブな反応があった際に提案すると良いでしょう。具体的なタイミングは次の通りです。
- 見込み客:商品やサービスに何らかの不満があり購入を決断できないとき
- 顧客:サービスの使用率が低い、または解約を検討中のとき
アップセルとは異なり、ダウンセルでは、見込み客や顧客が商品・サービスにネガティブな感情を抱いている時ほど成功確率が高まります。例えば、価格の高さから購入に踏み切れない場合、より安い価格の商品を提案することで、その商品がいつもより魅力的に映るかもしれません。見込み客や顧客がネガティブな反応を見せても、別の選択肢がしっかりと準備されている点をアピールすると、購買意欲が再燃されるでしょう。
アップセルを実施する際のポイント
ここからは、アップセルとダウンセルを実施する際のポイントをご紹介します。まずはアップセル実施時に意識すべきポイントから解説します。
- 既存商品・サービスの課題を抽出する
- 製品開発時にアップセルを想定しておく
- ターゲットの優先順位を明確にする
既存商品・サービスの課題を抽出する
アップセルの成功確率を高めるには、既存商品・サービスの課題を見つけ出すことが大切です。既存の商品やサービスと機能性がほとんど変わらないにもかかわらず、価格だけが高いものを提案されても購買意欲は醸成されません。そのため、まずは現行モデルの価格や機能を整理しましょう。価格や機能を整理するうえで顧客情報を分析し、ニーズを的確に捉えることも重要です。例えば、現行モデルに顧客が求める機能が不足しているなら、上位モデルに必要な機能を付与すると良いでしょう。顧客ニーズが十分に組み込まれた上位モデルを開発できれば、アップセルの成功確率が高まります。また、顧客情報を分析する際は、CRM(顧客管理システム)の活用をおすすめします。CRMは、アクセス解析ツールや基幹システム、問い合わせ管理システムなどに蓄積された顧客情報を一元管理できるツールです。
製品開発時にアップセルを想定しておく
アップセルの考え方を製品開発に活かすには、新たなソリューションを生み出す際に実行することが理想です。現行モデルを改良して上位モデルを生み出そうと思うと、現行モデルの価格や機能を変更したくなるケースも珍しくありません。しかし、すでに市場へと投入された商品やサービスの仕様を変えるのは難しいものです。そのため、いちから製品開発を行う段階でアップセルを想定しておくことが大切です。最初からアップセルを想定して製品開発を進めると、機能が限定された低価格モデル・中価格帯のバランスに優れるモデル・機能が豊富な高価格モデルといった形で、整合性の取れたラインナップを生み出せます。購入する際の選択肢が広がった結果、よりスムーズなアップセルを実現できるでしょう。
ターゲットの優先順位を明確にする
アップセルを効率的に進めるためには、ターゲットの優先順位を明確にしましょう。限られたリソースのなかで、すべての見込み客や顧客にアップセルの提案をするのは難しいからこそ、自社の基準に従い優先順位を付ける必要があります。見込み客や顧客に優先度を設定する際は、次のような基準が参考になります。
ターゲット | 優先順位設定時の主な基準 |
見込み客 | ・自社コンテンツへのアクセス回数 ・メールの開封率・クリック率 ・商品やサービスに関する問い合わせ履歴 ・セミナーや展示会への参加履歴 ・製品カタログやホワイトペーパーのダウンロード履歴 |
顧客 | ・LTV ・顧客維持率(リテンション率) ・NPS(顧客推奨度) ・口コミ・レビューサイトでの投稿獲得数 |
このような基準の数値が大きいほど、商品・サービスに対する関心や顧客満足度が高い状態だといえます。つまり、アップセルの成功確率が高い見込み客や顧客だということです。見込み客や顧客に関するデータを集め、さまざまな基準を参考に優先順位を設定しましょう。
ダウンセルを実施する際のポイント
次に、ダウンセルを実施する際のポイントをご紹介します。
- 価格を下げる際の伝え方を工夫する
- 顧客との中長期的な関係を意識する
価格を下げる際の伝え方を工夫する
ダウンセルを実施する際に注意すべきは、提案の伝え方です。仮に見込み客から「いますぐ買うから2割引きにしてほしい」と交渉された際に、「わかりました」と即断してしまったら相手はどう思うでしょうか。一般的には、「こんなに簡単に値引きに応じてくれるのは、もともと価格を割高に設定していたのでは」と勘ぐってしまうでしょう。その結果、たとえ商品を販売できたとしても相手からの不信感は拭い切れません。また、「値引き交渉をしたら必ず割引してもらえる」といった誤った認識を植え付けてしまう可能性も考えられます。値引き交渉でダウンセルを提案する際は、お客様のために努力した姿勢を示すと良いでしょう。
例えば、交渉を持ちかけられた段階で上司に相談し、「上司に相談したところ、当方も是非今後のサポートを行いたいとの思いが強く、間を取って○○円ではいかがでしょうか」といった提案を行います。自分のために面倒な手順を踏んでくれた行為に心を打たれた見込み客は、不信感を持つことなく商品を購入してくれるでしょう。また、交渉を持ちかけられたから単純に値引きをするようなダウンセルではなく、正当な理由を付けて価格の安い別モデルを紹介するのも方法のひとつです。
顧客との中長期的な関係を意識する
結果的に顧客単価が低くなるからといって、ダウンセルを軽視することはおすすめしません。ダウンセルは本来、商品やサービスの購入に至らなかった見込み客の受け皿になる役割があります。より安いモデルが用意されているからこそ購入につながる可能性が生まれるため、ダウンセルは販売時の取りこぼしを防げる貴重な手段です。一度でも商品やサービスを購入してくれた顧客なら、その後時間をかけてアップセルやクロスセルにつなげられます。そのため、ダウンセルを実施する際は顧客との中長期的な関係を意識することが大切です。
アップセルやダウンセルの企業事例
アップセルやダウンセルの企業事例を参考にすると、具体的な施策をイメージしやすくなります。ここでは、アップセルとダウンセルのそれぞれの事例をご紹介します。
アップセルの事例:Spotify(スポティファイ)
音楽ストリーミングサービスのSpotify(スポティファイ)は、無料会員が利用できる機能に制限をかけ、有料会員へのアップセルを促しています。無料会員のスキップ(曲送り)機能は、1時間あたり6曲までにしか対応していません。6曲スキップすると有料プランへのアップグレードの提案メッセージが表示され、スムーズな手続きで有料プランに登録できるのが特徴です。また、「有料プランに登録しない限りスキップできません」というネガティブなメッセージではなく、「プレミアム機能を見つけました」というポジティブな表現を用いているのもポイントだといえます。
アップセルの事例:Sansan(サンサン)
クラウド型名刺管理ソフトを提供するSansan(サンサン)株式会社は、自社ソフトの利用データを活用してアップセルのタイミングを見極めています。次の条件を達したタイミングで営業やインサイドセールスに通知し、アップセルの提案を行う仕組みです。
- 1年間の名刺消化枠が80%に達した時点
- SansanIDが追加された時点
- 共有IDでSansanのソフトを利用している兆候が現れたとき
Sansanでは、アップセルやクロスセルの15%が上記のような提案を起点に発生しているようです。顧客向けのアップセルでは、商品やサービスに対する利用促進の兆候を的確につかみ、タイミング良く提案することが重要だといえるでしょう。
ダウンセルの事例:Apple(アップル)
Apple(アップル)は、「MacBook Pro」と「MacBook Air」の2種類のノートパソコンを販売しています。MacBook Proは、MacBookシリーズのなかで高性能モデルにあたります。最新型のCPUや高容量のメモリを搭載しているため、動画編集や音楽制作といった負荷の大きい業務でも快適に作業できるのが特徴です。一方のMacBook Airは、MacBook Proに比べて搭載できるメモリやストレージに制限がある代わりに、手頃な価格帯に設定されています。あえて2種類のモデルに限定することで、パソコンに詳しくない方でも高コストパフォーマンスの機種とハイエンド機種を容易に選び分けることが可能です。
ダウンセルの事例:アマタケ
サブスクリプションサービスでは、定期購入から単品購入へと促す行為もダウンセルにあたります。上記の仕組みをうまく活用したのが、サラダチキンの通販サイトを運営する株式会社アマタケです。株式会社アマタケは、単品商品と定期商品の2種類を提供しており、定期商品ではWeb広告を積極的に展開しランディングページ(以下LP)へと集客しています。これまではLPで定期商品のみを訴求していたため、初回から単品購入を希望するユーザーは離脱するしかありませんでした。
そこで、LP内で単品商品への誘導を強化します。また、定期商品のセットに含まれていない商品を掲載し、豊富なバリエーションを周知したのも特徴です。ダウンセルの実施から1ヶ月後には、リカバリーCV(定期商品のLPに流入したユーザーが単品商品のページで商品を購入した件数)が100件を突破。2ヶ月目には、平均値を大きく上回るリカバリーCVR1.96%を達成しました。
まとめ:アップセルとダウンセルを効果的に使い分けよう
アップセルとダウンセルは、販売促進とカスタマーサクセスの両方に効果を発揮します。アップセルは、見込み客や顧客に上位モデルを提案し顧客単価を向上できます。ダウンセルは、あえて価格の安い商品やプランを提示することで、購買意欲の醸成や解約の防止につながります。それぞれ目的が大きく異なるため、活用方法をよく理解したうえで効果的に使い分けることが大切です。アップセルとクロスセルを戦略的に活用し、販売効率やLTVを向上させましょう。