AIで浮いた工数を、何に使うか。 カスタマーサポート部門が今、決めるべきこと
この記事の要点
- AI導入で最も設計されていないのは「浮いたリソースの使い道」である。ここを事前に決めなかった企業は、削減か現状維持のどちらかに流れ着く。
- 先行企業は、浮いた工数をコスト削減の原資として消費するのではなく、部門の新しい役割に再投資している。その転換先は一つではなく、複数の方向がある。
- 日本のカスタマーサポートは、人が採れない・定着しない・育てる人がいないという三重の制約のなかにある。この状況では、AIで生まれた余力は二度と確保できない人的リソースとして扱う必要がある。
AIを入れたら、人はどうなるのか
カスタマーサポートへのAI導入を検討するとき、多くの企業がまず考えるのは「どれだけ自動化できるか」です。チャットボット、ボイスボット、応対要約。導入すれば、確かに定型対応の多くはAIに移せます。
しかしその先の問い、「AIが定型対応を引き受けた後、空いた人の時間を何に使うか」は、ほとんど議論されません。この問いに答えを用意していない企業は、現場が自然に2つのどちらかに落ち着きます。即座に人員を削減してコストを回収するのか、それとも、目的を見出せないまま旧来の業務をギリギリの少人数で維持し続けるのか。前者は品質低下を招きやすく、後者は『現状維持』という名の延命策で終わります。
この構造がどう現れるか、海外の実例で見てみます。
Klarnaは、スウェーデン発のフィンテック企業です。後払い決済(Buy Now, Pay Later)サービスを世界的に展開しており、AI活用の先進事例として何度も取り上げられてきました。2024年、同社はAIアシスタントを導入し、月230万件の会話を処理、従業員700人分の業務に相当する対応を担わせたと発表しました。平均解決時間は11分から2分未満に短縮され、これに伴って人員の新規採用も止めています。
ここまでは、AI導入の成功例として語られる内容です。しかし2025年に入り、状況が変わります。Klarnaは複雑な問い合わせへの対応品質の低下を認め、CEOのセバスチャン・シェミアトコウスキ氏はメディアに対し「効率とコストに寄りすぎた結果、質が落ちた」と述べ、人材の再採用に転じました。ブランドの観点からも、顧客が望めば必ず人と話せる状態を用意することが重要だ、という趣旨の発言も残しています。
Klarnaが失敗したのはAIを入れたからではありません。AIを入れた後、空いた時間を何に使うかを設計しなかったからです。同社のケースを扱った海外の分析記事の一つでは、浮いた対応キャパシティを削減の裏付けとして眠らせるのではなく、能動的な顧客アウトリーチや解約防止、顧客理解の深化に再投資すべきだったという見方が示されています。私も、この見方には同意します。人を減らす判断そのものが誤りだったのではなく、減らした後に何をするかの設計が欠けていたことが、品質低下という結果を招いたのだと考えられます。
なぜ「今」なのか。日本固有の3つの制約
海外の事例をそのまま日本に当てはめる前に、押さえておくべき前提があります。日本のカスタマーサポートは、3つの構造的な制約のなかにあります。
労働力不足:パーソル総合研究所と中央大学の共同推計「労働市場の未来推計2030」によると、2030年に日本全体で644万人の労働力が不足するとされています。サービス業はこの不足が特に大きい業種の一つです。
離職:国内のコールセンター業界では、オペレーターの年間離職率が高い水準で推移しているという業界調査があります。育てた経験値が、定着せずに流出しやすい構造です。
育成者の不足:業界調査では、センター運営の課題として「SV(スーパーバイザー)の採用・育成」を挙げる声が多く聞かれます。現場を動かす管理者ほど、採用や育成が難しいという実情です。
つまり日本のカスタマーサポートにおいて、AIは「人を減らす」ためではなく、「足りない人手で回す」ために入っているという側面が強くなります。この状況では、AI導入で生まれた余力は、コスト削減の原資として一度きり消費するものではなく、二度と確保できない人的リソースとして扱うべきものだと私は考えています。
「延命」ではなく「転換」に使うという選択
余力の使い道は、大きく2つに分かれます。今の業務量を今の人数で回し続ける「延命」と、顧客の成功に効く新しい役割をつくる「転換」です。
延命を選んだ場合、成果を数字で説明できないまま時間が過ぎ、やがて「では人を減らそう」という削減の議論に飲み込まれやすくなります。転換を選んだ場合は、顧客・事業への貢献を数字で示せるようになり、部門が投資対象として見られるようになります。
転換の実例として最もよく引用されるのが、IKEAのフランチャイズ最大手Ingka Group(イングカグループ)の事例です。
同社は2021年、AIチャットボット「Billie」を導入しました。2023年時点で、Billieは全問い合わせの47%、約320万件の会話を自動で解決し、約1,300万ユーロの運用コストを削減しています。ここで多くの企業は、削減できた分だけ人員を減らすことを考えます。
Ingka Groupは違う問いを立てました。残り53%の問い合わせには何があったのか。それは、リビングのリノベーションをしたい、狭い部屋を広く見せたい、といった相談でした。趣味やセンス、文脈を踏まえたやりとりが必要な内容で、チャットボットでは対応できません。
同社はこれを「削除すべきコスト」ではなく「満たされていない顧客の需要」と読み、コールセンタースタッフ8,500人全員を、リモートで相談に応じる「インテリアデザインアドバイザー」に育成するプログラムを開始しました。2022年度、このリモート相談チャネルの売上は13億ユーロ(約2,100億円)に達し、Ingka Group全体の売上の3.3%を占めています。同社は2028年までにこの比率を10%まで伸ばす目標を掲げています。
なお、この13億ユーロはリモート相談チャネル全体の売上であり、そのすべてが今回リスキリングされた8,500人によって生まれたわけではありません。この点は留保が必要ですが、それでも「AIでコストを削減しながら、同じ人材で新しい収益チャネルを育てる」ことが実際に可能だという事実は変わりません。
選択肢は一つではない
IKEAが選んだのは、相談業務という一つの方向です。しかし、これがすべての企業に当てはまる正解というわけではありません。
先行企業が実際に投じている先を見渡すと、いくつかの異なる方向が見えてきます。問い合わせが来る前に先回りして連絡するアプローチ。問い合わせのデータを商品開発やマーケティングに届ける仕組み。相談や提案を通じて売上に直結させる対応強化。AIの回答品質そのものを監視・改善する専門職。そして、ロイヤル顧客との関係を深める場づくり。
どの方向が自社に合うかは、商材の相談性、契約形態、そして「自社の顧客にとっての成功とは何か」という定義によって変わります。ここを飛ばして「流行っているから」「他社がやっているから」で選ぶと、施策が顧客の実態と噛み合わなくなります。
この選び方の手順と、5つの方向それぞれの具体的な事例・進め方については、ホワイトペーパー「AI導入で生まれた余力の使い道 -カスタマーサポート部門を、いま定義しなおす」で詳しく解説しています。
まとめ
AI導入の議論は「何人減らせるか」から始まりがちです。しかし先行企業の事例が示すのは、その先にある「浮いた時間を何に使うか」という設計を飛ばした企業ほど、後で品質やコストの面でつまずいているという事実です。
日本のカスタマーサポートは、人が採れない・定着しない・育てる人がいないという制約のなかにあります。この状況では、AIで生まれた余力は一度きりのコスト削減の原資ではなく、二度と確保できない人的リソースとして扱う必要があります。
延命に使うのか、転換に使うのか。その判断が、5年後の部門の位置づけを決めます。
参考:Gartner「2026 Customer Service AI Predictions」(2025年10月調査) / Ingka Group Newsroom / PYMNTS「IKEA Turned 8,500 Call Agents Into Design Consultants」(2026) / Forbes・Bloomberg・Entrepreneur各紙のKlarna関連報道(2025年) / パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2030」/ 国内コールセンター業界調査各種
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