8,500人のコールセンタースタッフを、IKEAはクビにしなかった。代わりに何をしたか。
AIがコールセンターの仕事を奪ったとき、IKEAが問うた問い
IKEAはAIで浮いた人員を削減せず、新しい収益チャンネルの担い手に転換しました。
2021年、IKEAのフランチャイズ最大手であるIngka Groupは、「Billie」というAIチャットボットを導入しました。商品情報・注文状況・返品対応など、繰り返し発生する問い合わせをBillieが24時間365日対応するようになりました。
2年後の2023年、Billieは全問い合わせの47%を処理するまでになりました。320万件の会話が人間の手を介さず解決され、約1,300万ユーロ(約21億円)のコスト削減が実現しています。
この時点で、多くの企業は「人員を削減できる」と考えたはずです。実際、スウェーデンの後払い決済(Buy Now, Pay Later)大手Klarnaは、2024年に「AIアシスタントが従業員700人分の仕事をこなしている」と発表しました。なお、これは2022年に実施した700人規模の人員削減とは別の出来事で、Klarna自身も両者に関連はないと説明しています。Salesforceもカスタマーサポートチームを、AI導入後に9,000人から5,000人規模へと縮小させています。
一方でIKEAは、違う問いを立てました。
「このスタッフたちは、チャットボットが絶対にできないことを何ができるか。」
この問いの立て方の違いが、後の結果を大きく分けることになります。
53%の問い合わせに、答えはなかった
Billieは、AIが得意とするルーティン対応を引き受けました。しかし、残りの53%は性質が違いました。
「リビングのリノベーションをしたいが、どんな家具を選べばいいか分からない。」「狭い部屋を広く見せるには何が必要か。」「引越し先のレイアウトを一緒に考えてほしい。」
こうした問い合わせに答えるには、趣味・センス・文脈の理解、そして顧客の話を聞く力が必要です。定型的な回答パターンでは処理できず、AIが最も苦手とする領域でもあります。
Ingkaはこの53%を「削除すべきコスト」ではなく、「満たされていない顧客の需要」として読み替えました。同じ問い合わせ量を見ても、コストと捉えるか需要と捉えるかで、その後の意思決定はまったく別のものになります。
Ingka Groupのグローバル人材・文化マネージャーであるUlrika Biesert氏は、生涯学習とリスキリングを通じて従業員の雇用可能性を高め、新しい仕事の創出を加速することにコミットしていると説明しています。人員削減につながるかを問われた際も、「今のところそれは見られていません」と答えています。
8,500人がデザインアドバイザーになった
Ingkaは、8,500人のコールセンタースタッフ全員を「リモートインテリアデザインアドバイザー」に転換するリスキリングプログラム(学び直しによる職務転換の研修)を開始しました。
研修の内容は、以下の5つのスキルを中心に設計されています。
リモートでの設計コンサルテーション、デジタルチャネルを通じた顧客との対話、部屋のレイアウト設計の基礎、顧客の希望と予算から最適な提案をする能力、そして顧客との長期的な関係構築です。
重要なのは、スタッフが一から訓練されたわけではないという点です。コールセンター業務で培った「顧客の話を聞く力」「問題解決への意欲」「ブランドへの理解」を土台に、その上にデザインと販売の知識を積み上げる設計になっています。ゼロから育てるより、既存の強みに専門性を足す方が、投資対効果は高くなります。
結果:コストセンターが13億ユーロの収益チャンネルになった
2022年度、IKEAのリモートデザインチャンネル(電話・ビデオによる設計相談サービス)の売上は、13億ユーロ(約2,100億円)に達しました。これはIngka Group全体の売上の3.3%にあたります。
英国では2023年4月にサービスを開始しました。45〜60分のビデオコンサルテーションと推奨商品リストのセットが25ポンド(約4,800円)、3回の設計相談・フロアプラン・3Dビジュアルまで含むセットが125ポンド(約24,000円)で提供されています。有料の相談サービスとして、顧客が対価を払う設計になっている点も見逃せません。
IKEAが掲げる次の目標は、「2028年までにリモートデザインチャンネルを全売上の10%に成長させる」ことです。現在3.3%のチャンネルを3倍にするという目標は、CSをコストセンターとして扱ってきた企業には出てこない発想です。
何が起きていたのか、構造で理解する
IKEAの事例は、3つの動きが連動して成立しています。
第一の動き:AIがルーティンを引き受けた
BillieはFAQ・商品情報・注文状況など、答えが決まっている問い合わせを処理しました。これにより、8,500人のスタッフが定型対応から解放されました。ここまでは、多くの企業がAI導入で実現していることと変わりません。
第二の動き:顧客の未充足ニーズを「需要」と再定義した
複雑な問い合わせを「コストの重い例外」として処理するのではなく、「顧客が本当に求めているサービスへの需要」として捉え直しました。この認知の転換こそが、他社との分岐点です。同じ複雑な問い合わせを見ても、負担と見るか事業機会と見るかで、その後の投資判断が変わります。
第三の動き:スタッフの強みを新しいサービスに接続した
コールセンタースタッフが持つ「話を聞く力」と「ブランド理解」を活かし、付加価値の高いアドバイザリー業務へ転換しました。既存のスキルを捨てるのではなく、その上に新しいスキルを積み上げた点が、リスキリングを成功させた要因です。
この3つが揃って初めて、コストセンターは収益チャンネルに変わります。どれか1つが欠けても、同じ結果にはならなかったと考えられます。
KlarnaとIKEA、何が違ったのか
同じくAIチャットボットを導入したKlarnaとIKEAは、初期条件がよく似ていました。どちらも問い合わせ対応の大部分をAIに置き換え、大きなコスト削減効果を出しています。
分岐点は、AIが引き受けなかった残りの業務をどう扱ったかです。Klarnaは複雑な問い合わせもAIに寄せる方向を選び、その後、顧客満足度の低下を受けて人の対応を一部戻しています。IKEAは残った業務の中に新しい需要を見出し、人員を再配置する方向に進みました。
投資対象も異なります。Klarnaの投資はAI導入そのものに集中していました。IKEAはAI導入に加えて、スタッフのリスキリングにも投資しています。この二段階の投資判断が、結果としてIngkaに新しい収益チャンネルをもたらしました。
リスキリングは簡単ではない
公平のために付け加えると、コールセンタースタッフ全員がデザインアドバイザーに向いているわけではありません。IKEAの事例でも、対人スキルや商品知識への適性にはばらつきがあったはずです。
日本企業がこのモデルを検討する場合も、次の3点は事前に見極める必要があります。既存スタッフの中に、専門アドバイザー業務に転換できる人材がどの程度いるか。転換後の業務を有料サービスとして成立させられる商品・市場があるか。そして、研修期間中の人件費を吸収できる体力があるか。この3つが揃わない状態でリスキリングだけを模倣すると、投資が回収できないリスクがあります。
日本のBtoC企業への問い
IKEAが問うたことと同じ問いを、日本のBtoC企業も問うことができます。
「AIが定型対応を担った後、このスタッフが本当に価値を発揮できる仕事は何か。」
アパレル企業のコールセンタースタッフは、IKEAのデザインアドバイザーと同じポテンシャルを持っています。着こなしの相談、体型に合った選び方のアドバイス、結婚式や就活・デートといった特別な場面に向けたスタイリング提案。これらはAIが担えず、顧客が求めていて、なおかつ付加価値をつけられる仕事です。
D2Cの健康食品・コスメ・フィットネス領域も同様です。「どう使えばいいか」「自分に合っているか」という問いに答えられる人間のアドバイザーは、チャットボットよりはるかに高い価値を生む可能性を持っています。
削減するか、現状維持するかの二択ではありません。IKEAが証明したのは、AIに任せる領域と人が担う領域を分け、後者を収益源に育てるという第三の道です。自社のコールセンタースタッフが持つ「聞く力」を、どの新しいサービスに接続できるか。まずはその棚卸しから始められます。
具体的には、現在の問い合わせログをAIで処理可能な定型対応と、人による判断が必要な非定型対応に分類することから着手できます。非定型対応の中に、顧客が対価を払ってでも相談したい内容がどれだけ含まれているかを見極めれば、有料サービス化の可能性が見えてきます。この分類と検証を、AI導入と同時並行で進められるかどうかが、削減で終わる企業と新しい収益源を得る企業の分かれ目になると考えています。
参考:Reuters (2023) / Ingka Group Newsroom
"IKEA franchisees' AI bot Billie handles 47% of customer queries"
https://www.reuters.com/technology/
ikea-franchisees-ai-bot-billie-handles-47-customer-queries-2023-06-20/
Klarna Press Release (2024)
"Klarna AI assistant handles two-thirds of customer service chats in its first month"
https://www.klarna.com/international/press/
klarna-ai-assistant-handles-two-thirds-of-customer-service-chats-in-its-first-month/
PYMNTS (2026) "IKEA Turned 8,500 Call Agents Into Design Consultants"
Labwyze (2026) "IKEA Didn't Replace 8,500 Workers With AI. It Did Something Smarter"
Employer Branding News (2026) "IKEA's AI Reskilling Story Reassessed After 2026 Layoffs"
アディッシュのBtoCカスタマーサクセス支援について
AI導入で生まれた余力を、コスト削減で終わらせず新しい収益チャンネルに転換するには、
何から着手すべきでしょうか。
具体的な進め方を、ホワイトペーパー「AI導入で生まれた余力の使い道」にまとめています。
以下からダウンロードいただけます。


