「サポート」で終わるBtoC企業と、「サクセス」まで届く企業——その分かれ目
この記事の要点
- BtoC企業にとっての「カスタマーサポート」と「カスタマーサクセス」は混同されやすいが、目的も指標も異なる。前者は問い合わせに正しく答えること、後者は顧客が本来望んだ成果に到達できたかを問うことである。
- サブスクリプション型BtoCでは、顧客が成果を実感する前に離脱する。FITTR(サブスクリプション型フィットネスプラットフォーム)では最低90日間の継続が必要で、その間の伴走設計が成否を分けた。
- 慢性疾患向けの商材では、顧客が求めているのは商品ではなく症状のコントロールという成果。生活習慣として定着するまで伴走したことが、信頼と継続利用につながった。
- NPSは組織全体で責任を持つべき指標であり、カスタマーサポート/サクセス部門だけのものではない。
- この記事は、BtoC領域でカスタマーサクセス・CXの立ち上げや強化を担うマネージャーに向けたものです。
日本では、カスタマーサポート——顧客からの問い合わせに応える仕事——はすでに成熟している。しかしBtoCで「カスタマーサクセス」が語られるとき、その中身はたいてい「サポートの効率化」か「リテンションマーケティング」のどちらかに落ち着いてしまう。
だが、顧客が本当に求めているのは、問い合わせへの回答でも、再購入を促すクーポンでもない。90日間のフィットネスプログラムを買った人は体を変えたいのであり、慢性疾患のサプリを買った人は症状をコントロールしたい。その成果にたどり着けたかどうかを問うのが、カスタマーサクセスである。
では、それをBtoCで実際に設計してきた人は、何を、どう変えてきたのか。インドでそれを体現してきた実務家に話を聞いた。
Tushar Chanchani氏は、2002年にコルカタのコールセンターで夜勤のテレコール担当者としてキャリアを始めた。米国の顧客にプリペイドカードや携帯電話プランを電話で売る仕事から出発し、24年をかけてカスタマーエクスペリエンス責任者へと駆け上がった人物だ。
その過程で担ってきた現場は幅広い。インド大手ECモールSnapdealや衛星放送Dish TVで大規模なサービス運営を統括したのち、サブスクリプション型フィットネスプラットフォームFITTRで会員ジャーニー全体を設計。直近ではアーユルヴェーダD2CブランドDr. Vaidya'sで、注文からリピート購入までを一貫して担当した。
現在はムンバイを拠点に、フラクショナルCXリーダー(非常勤)として、経営会議に入り込み週10〜20時間だけ購入後ジャーニー全体の責任を持つという関わり方で、インド・英国・UAE・オーストラリア・米国のブランドを支援している。
24年間、顧客が「支払った後」に何が起きるかだけを見続けてきた実務家は、BtoCの顧客の成功をどう捉えているのか。まず整理しておきたいのは、混同されがちな言葉の定義である。
本記事における用語の定義
Tushar氏自身も語るように、「カスタマー」で始まる言葉はすべて同じものだと受け取られやすい。本記事では、混同を避けるため、以下の定義に沿って氏の発言を整理する。
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用語 |
目的 |
主な指標 |
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カスタマーサポート |
顧客からの問い合わせに対し、正しい答えへ最短でたどり着かせる |
顧客努力スコア(CES)、初回解決率 |
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カスタマーサクセス |
顧客がサービスを手段として、本来達成したい目的(真の成功像)に到達したかを問う |
継続率、NPS、LTV |
購入後に訪れる"沈黙"が、顧客を失わせる
― 現在は、どのような仕事をされているのですか。
「企業が、購入後に顧客を失ってしまう状態を防ぐお手伝いをしています。市場に出ているどの商品にも、購入前には多くのマーケティングや後押しがあります。しかし顧客が支払いを済ませた瞬間、すべてが静かになってしまう。そこに私が入るんです」
「どの商品も、購入された瞬間からブランドとの関係が始まります。私の実感では、顧客が満足すればその人は5人の顧客を連れてきますが、不満を持てば14人を連れて去っていく。これは簡単に直せる流出です」
※この5人/14人という数字は、Tushar氏の実務経験に基づく見立てである。
まず、何が起きているかを可視化する
顧客の成功に取り組む前提として、Tushar氏がDr. Vaidya'sで最初に行ったのは、現状の可視化だった。
Dr. Vaidya'sは、アーユルヴェーダ(インド発祥の伝統医学。西洋医学のように症状を薬で抑えるのではなく、体質や生活習慣を整えることで健康を維持するという考え方)の薬草成分を使ったニュートラシューティカル(栄養補助食品)ブランドである。日本で言えば、漢方や薬膳に近い位置づけの商材だと考えると分かりやすい。
― Dr. Vaidya'sでは、まず何から着手したのでしょうか。
「入社して最初の30日間は、何が起きているかを把握することに費やしました。耳を開いて、口は閉じて。そして最初にシステムに導入したのが、あらゆる問い合わせシナリオへのタグ付けでした。何割が問い合わせで、何割が苦情で、何割が依頼なのかが分からなければ、誰も何を目指すべきか分からないからです」
「すべての電話とメールを一つのCRMに集約し、タグを付けました。そこから、解決すべき上位5つの課題が見えてきました。配送遅延、破損した商品の受け取り、交換品の到着遅れ、返金処理の遅れ―こうした課題に対して、営業・製造・物流の各チームと連携し、それぞれの処理時間を短縮し、SLA(サービス品質保証の水準)を短くしていきました」
「電話・メール・チャット、どのチャネルから連絡が来ても、同じ回答、同じ対応時間になるよう、すべてを一つのファネルに集約して標準化しました」
問い合わせに正しく・速く答えられる状態を整える。この土台があって初めて、次に紹介する「顧客の成功」に向けた設計が機能する。
90日走り切って初めて、結果が出る
Tushar氏がフィットネスプラットフォーム「FITTR」で担当したのは、顧客が体の変化という本来の目的にたどり着けるようにするジャーニー設計だった。
― FITTRでは、顧客が継続できないという課題にどう向き合ったのですか。
「フィットネス関連の商品やサブスクリプション商品は、基本的にライフスタイル商品であり、一つの旅(ジャーニー)です。FITTRでは、目に見える変化を実感するまでに最低90日間プログラムを継続する必要がありました」
「でも、誰にとっても人生は続いていきます。今日プランを買って、みんな張り切っている。明日には何かが起きる。体調を崩すかもしれないし、急な出張が入るかもしれない。仕事で問題が起きて、予定が崩れることもある」
「そこで必要なのが、綿密に設計されたジャーニーとアウトリーチプログラムです。たとえ予定から外れても、私たちが『大丈夫ですよ、また始めましょう』と声をかけられる設計にしておく。90日、あるいは決められた期間を完走して初めて結果が出るからです」
― 具体的には、何を変えたのでしょうか。
「FITTRで最も重視したのは『Human Connect(人とのつながり)』です。ボットを減らし、人を増やしました。人と話すとき、人はより本音を話し、より心を開きます。ボットが対応できるシナリオには限りがありますが、人間となら、判断される心配なく、あらゆる疑問を詳細に話せるからです」
「人生には誰にでも予期せぬことが起きます。誰もが途中で挫折したり、やる気を失ったりする。だから、声を上げない顧客に手を差し伸べ、戻ってくるよう励まし、その道のりを手取り足取りサポートする。これはFITTRだけでなく、Dr. Vaidya'sでも同じ考え方で取り組みました」

(インタビュー中のTushar氏)
"反応のない顧客"を、本来の目的に連れ戻す
― 顧客が忙しくなって続けられなくなった、というケースは、どう見つけて対応するのですか。
「業界や商品によって、アクティブな顧客をどう見分けるかの指標は異なります。SaaS企業ならログイン回数、フィットネスブランドならアプリの利用時間、ウェルネスブランドなら瞑想コンテンツの利用時間、というように。どの企業も、ある閾値を下回ると自動的に担当者にアラートが送られる仕組みを持っています」
「ただ、これは事後対応(リアクティブ)なやり方です。私が常に勧めているのは、事前対応(プロアクティブ)なアプローチです。何もかもがうまくいかなくなったときに初めて声をかけるのではなく、常に手厚いサポートを提供し続ける。ここで言う『手厚いサポート』は営業活動ではありません。励ましや、興味深い情報の提供のことです」
「具体的には、購入から一定期間音沙汰がない顧客のグループに対して、状況を確認するリマインドを送ります。購入額や商品の価値に応じて、メッセージを送るか、電話をかけるかを判断する。これを私は『ヘルスチェック』と呼んでいます。反応のない顧客が、本来の目的にたどり着く前に離脱していないかを把握する上で、非常に重要な仕組みです」
慢性疾患の管理という「本当の成功」に伴走する
― Dr. Vaidya'sでは、顧客の「成功」をどう捉えていたのでしょうか。
「Dr. Vaidya'sは、関節炎や胃潰瘍といった慢性疾患を管理するためのニュートラシューティカルブランドです。完治はできませんが、いくつかの慢性疾患は管理することができる。これも一つのライフスタイルなんです。錠剤を1つ、あるいは1週間飲んだだけで症状が改善することはあり得ません」
「その薬を、他にも取り入れるべき健康的な習慣とあわせて、生活の一部として定着させる必要がある。だからこそ、特定の担当者を置いてこの旅を設計し、いつでも励まし続けられるようにするんです。顧客には『自分のために誰かがいて、疑問が生じたときに相談できる』と感じてもらう必要があります」
「例えば、痛みを和らげるために何かを使っていて、10週間経って『もう大丈夫だと思うから、やめようか』『補充が必要か確認しよう』と感じたとき、すぐにシステムに連絡できて、医師との予約もその場で組める。このプロセスは簡単でスムーズでなければなりません。顧客の『責任を共有するパートナー』にならなければならないんです」
「顧客体験が改善した結果、通話中のアップセルもできるようになりました。痛み止めを購入した顧客に『これは生活の一部として、決められた期間続ける必要がありますよ』とアドバイスできるようになった。これが再び信頼を築くことにつながり、その信頼が顧客の継続利用とアップセル、そして業務効率全体の向上につながりました」
顧客が本当に求めていたのは、症状のコントロールという成果そのものだった。問い合わせへの回答だけでなく、生活習慣として定着するまで伴走したことが、信頼と継続利用という結果を生んでいる。
NPSの伸びは、顧客が成果を実感した証
― FITTRでは5ヶ月でNPSが49から77に上昇したと伺っています。何をしたのですか。
「FITTRはコミュニティベースのフィットネスプラットフォームとして始まりました。顧客は常に高い評価をくれていましたが、NPSのアンケートにはほとんど誰も回答してくれなかった。限られた過去のデータを見ると、高評価と同じくらい低評価もあり、質問ごとに評価がばらついていました」
「そこで、電話でNPSを収集する小さなパイロットプログラム(本格導入の前に、一部の顧客だけを対象に試す小規模な検証)を始めました。アンケートフォーム自体は全員に送りつつ、そこから一部の顧客を選び、90日間のプログラムなら15日目、45日目といったジャーニー上の節目で電話をかけ、フォームと同じ質問を口頭で聞いたんです。すると、フォームには決して記録されなかった多くのフィードバックが集まりました」
「その後、すべてのフィードバックを一つの共通データベースに記録し、各部署に割り振るプロセスを作りました。エンジニアリングからCEOまで、全員が当事者になるよう、隔週でチーム全体のミーティングを始めました。NPSの責任を、カスタマーサポートやカスタマーエクスペリエンスチームだけでなく、組織の末端まで行き渡らせたんです」
― 日本でも「顧客の声を集めているが、他部署に浸透しない」という声をよく聞きます。
「それはどこでも同じです。NPSという言葉を出した瞬間、人はそれをカスタマーサポートかカスタマーエクスペリエンスチームだけの仕事だと思ってしまう。私が今、フラクショナルなコンサルティングを通じて変えようとしているのは、まさにその発想です」
日本のBtoC企業へのメッセージ
― 日本でカスタマーサクセス機能をこれから作ろうとしているブランドに、まず押さえるべきことを教えてください。
「日本は生活のあらゆる面で、すでに非常に高いサービス水準を確立しています。それでも一つ挙げるなら、まずサポートの土台——顧客努力スコア(CES/顧客が答えを得るまでにかかる手間の指標)——を整えることです。問い合わせに正しく速く答えられる状態を作らなければ、その先にある『顧客が本来の目的を達成できているか』というサクセスの議論には進めません」
「そして、誠実であることです。例えば『5週間で成果が出ます』と伝えるなら、最初からはっきりそう伝えてください。事実でないことを約束しない。率直でありながら、まず顧客の目標から始める。それに尽きます」
まとめ
Tushar氏の実務から見えてくるのは、BtoCカスタマーサクセスが「サポートの延長」でも「マーケティング施策」でもない、独立した設計領域だということだ。
顧客が本当に求めているのは、問い合わせへの回答でも、再購入を促すクーポンでもない。フィットネスプログラムを買った人は体の変化を、慢性疾患のサプリを買った人は症状のコントロールを求めている。その「本来の目的」にたどり着けたかどうかを問い続けることが、カスタマーサクセスの出発点になる。
そのためには、まず問い合わせに正しく・速く答えられる状態を整えること——サポートの土台——が欠かせない。そのうえで、90日間走り切るための伴走設計、反応のない顧客を早期に検知する「ヘルスチェック」、そして生活習慣として定着するまで寄り添う姿勢が、顧客の信頼と継続利用を生む。
日本のBtoC企業の多くは、まだサポートの効率化やリテンションマーケティングの段階にとどまっている。しかし価格や機能で差別化しにくい時代において、顧客を「本来の目的」まで連れていけるかどうかが、次の競争軸になるはずだ。まず自社にとっての「顧客の成功」とは何かを定義すること。それが、この記事が示す最初の一歩である。
※本記事は2026年7月に実施した英語でのオンラインインタビューをもとに、内容を日本語で再構成したものです。記事中の数値・事例は、特に出典を明記したものを除き、すべてTushar Chanchani氏の発言に基づきます。


