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AI導入で問い合わせが55%減った会社は、何をしていたのか——17年・世界7地域でCX組織を立て直してきたインドの実務家の結論

この記事の要点

  • AIを「人員削減の道具」として見るのは短絡的である。実際に起きるのは人数の削減ではなく、役割の転換だ。定型処理を手放したチームは、複雑なエスカレーション対応、AIの精度分析、不具合の根本原因の特定、そして更新につながる能動的な働きかけへと移っていく。
  • 問い合わせ件数を55%削減した事例の内訳は、技術が約4割、プロセス再設計が約6割。「技術は空のエンジンにすぎず、それをどう操縦するかがプロセス設計だ」というのが本人の意見である。
  • ツールを入れても改善しない企業に欠けているのは、部門をまたいだ「プロセスの所有者」である。問い合わせが増えても、プロダクト側は機能出荷で評価されているため問題を自分事にしない。この断絶を埋める人がいない限り、CRMもAIも機能しない。
  • 過去に失敗したのは、システムの設定にばかり気を取られ、現場社員が新しいやり方に納得し、使いこなせるようになるまでの後押しを怠ったときだった。「技術は、現場が使いこなした分しか価値を持たない」。
  • 日本への提言は3つ。壊れたプロセスを自動化しないこと、事後対応から予測型へ移ること、そして残った人材を「スーパーエージェント」として守り育てること。

この記事は、BtoC・BtoB問わず、カスタマーサクセス/CX組織にAIを導入する立場にあるマネージャー・責任者に向けたものです。

 

Abhay Pratap Singh氏

日本のCS/CX現場では、AI導入の議論がしばしば「何人減らせるか」から始まる。労働力不足が構造的な前提となった以上、それ自体は無理もない問いだ。

だが、実際にAIとRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション:定型的なPC操作を自動化する仕組み)を使って複数の国・複数の業界でCX組織を組み替えてきた実務家は、その問いの立て方そのものに異を唱える。

今回話を聞いたAbhay Pratap Singh氏は、17年以上にわたりD2C・EC、SaaS、フィンテック、EdTech、トラベルテックといった領域でグローバルのカスタマーサポート/カスタマーサクセス組織を率いてきた。担当してきた地域は北米・中南米、EMEA、APAC/SEA、インド全域、中東・北アフリカ(MENA/GCC)に及ぶ。現在はインド・ハイデラバードを拠点とする。

同氏によれば、インドの大手デジタル決済サービスFreecharge Payment——オンライン決済とウォレットを提供するフィンテック企業——では、問い合わせ件数を55%削減し、同時に平均処理時間(AHT)を15%短縮。求人マーケットプレイスのApna Time Techではオンボーディング成約率を45%から90%へ引き上げた。子供向けにライブ1対1のオンラインプログラミング教育を提供するEdTech企業WhiteHat Jrでは、アソシエイトディレクターとしてゼロからのグローバル展開を担い、CSAT90%超を維持したという。

※本記事に登場する数値・実績はすべて同氏の自己申告に基づくものであり、編集部による第三者検証は行っていない。

 

「AIで人を減らす」は、なぜ短絡的なのか

― 多くの企業がAI導入を人員削減の手段として捉えています。実際のところ、チームは縮小するのでしょうか。

「私の経験では、AIを純粋に人員削減の道具として見るのは、視野の狭い戦略です。AIはチームをなくすのではなく、チームの役割を根本から変えます。取引を処理する人から、体験を設計する人へと」

― 具体的に、何をやめて、何を始めたのですか。

「やめたことは、繰り返しの多い低付加価値の手作業です。配送状況をコピー&ペーストして返す、データを目視で確認する、量が多くて複雑度の低い一次対応をさばく——こうした業務は、会話型AIと自動化されたワークフローが引き受けました」

「始めたことは、複雑なエスカレーションの処理、AIの応答パフォーマンスの分析、不具合の根本原因の特定、そして更新(リニューアル)につなげるための能動的なカスタマーサクセス施策です」

― それは、従来のサポート業務とはかなり違う適性が求められますね。

「まったく違うスキルセットが必要になります。だから私は、教育・育成(L&D)の仕組みを本格的に組み直しました。トークスクリプトを読む訓練から、批判的思考に基づく問題解決、データリテラシー、そしてAIへのプロンプト設計——AIコパイロットやエージェント支援ツールをどう使いこなすか——へと、訓練の中身そのものを入れ替えたんです」

「同時に、継続的なフィードバックを前提とした人事評価の枠組みも導入しました。移行期にチームが『支援されている』と感じられるようにするためです。『脅かされている』と感じさせてはいけない」

ここには、日本の現場が見落としがちな論点がある。AI導入の成否は、ツールの性能ではなく、既存メンバーを新しい役割に移行させられるかどうかにかかっている、という前提だ。

 

問い合わせ55%削減の内訳は、「技術4割・プロセス6割」

― 一人も増員せずに問い合わせを55%減らしたとのことですが、実際の作業は何だったのでしょうか。

「デジタル決済のFreecharge Paymentでの取り組みです。決済という性質上、失敗や遅延が起きればその場で問い合わせに直結する事業でした。あえて分解するなら、技術がおよそ40%、プロセス再設計が60%です。技術は空のエンジンにすぎません。プロセス設計こそが、それをどう操縦するかという話です」

― プロセス側で、具体的に何を変えたのですか。

「まず、意図分類と自動振り分けのロジックです。定型文を返すだけの汎用チャットボットではなく、顧客の行動導線をすべて洗い出して、どこで詰まっているかを特定しました。そのうえで会話型AIの精度を上げ、自己解決の導線を製品のUI/UXそのものに組み込んだんです」

「次に、プロセスそのものの再設計です。よくある問い合わせについては『チケットを起票して待つ』という手順を廃止しました。たとえば決済が失敗したとき、従来はユーザーがチケットを立て、担当者がシステムを確認するのを待つ必要がありました。これをバックエンドから作り替えて、システムが即座に取引ステータスを照合し、リアルタイムでAPIを叩き、解決策をアプリ内にそのまま表示するようにしました」

「そして、自己解決の接点そのもののUI/UX最適化です。ユーザーにとって最も楽な道が、そのまま自動化された道になるように設計しました。結果として、低付加価値の問い合わせは担当者のキューに届く前に消えていきます」

「チケットを減らす」という目標を掲げた瞬間、多くの組織はチャットボットの導入検討に向かう。だが同氏の整理に従えば、比重の大きい6割は製品体験と業務手順の側にある。

 

ツールを入れても解決しない企業に、欠けているもの

― 「人が足りない」「ツールが足りない」ように見える問題の多くは、実はプロセスの所有権の問題だと指摘されていますね。

「高性能なCRMやAIプラットフォームに多額を投じているのに、CSATは下がり、チケットの列は伸び続ける。そういう企業に欠けているのは、部門をまたいだプロセスの所有権と、共通の北極星指標(North Star Metric:組織全体が追うべき単一の重要指標)への合意です」

「サポート業務は、あまりにも孤立しがちです。プロダクトの機能がわかりにくければ、問い合わせが殺到します。ところがサポートチームはそれを人員不足の問題として扱う——人を増やせば返せる、と。一方でプロダクトチームは気づいてすらいない。彼らは機能を出荷したかどうかで評価されていて、問い合わせ率の削減では評価されていないからです」

「ツールは、壊れた文化を直せません。必要なのは、プロセスの所有者を明確にするリーダーです。サポートのデータを見て、それをプロセスの欠陥に紐づけ、プロダクトやエンジニアリング、マーケットプレイスの各チームに『閉じるまでやれ』と迫れる人物です」

― 日々の運用を端から端まで所有する人がいなくても、CX変革は成功しうるでしょうか。

「絶対に無理です。CX変革は『設定して放置』できるプロジェクトではありません。継続的な運用上の進化です」

「現場のエージェント体験と、経営レベルの事業戦略の両方を深く理解している人が、地に足をつけていなければならない。その人がいるからこそ、現場のデータが競争戦略の入力になる。リアルタイムでKPI/OKRの達成状況を見て、品質の枠組みを維持し、人のチームを進化し続ける自動化スタックに合わせ続けるための変革管理を推し進める。この端から端までの所有権がなければ、システムは劣化し、業務フローは分断され、最終的に顧客体験が損なわれます」

日本でも、CS部門の責任者を置きながら、実質的には「問い合わせ対応の責任者」にとどまっているケースは少なくない。同氏の言う所有権とは、他部門に変更を要求する権限まで含んだ概念である。

 

Abhay Pratap Singh氏

BtoCのカスタマーサクセス事例:オンラインプログラミング学習サービスで親と子、二つの「成功」を同時に追う

― 実際に更新率を上げた事例を、深く伺いたいです。

「WhiteHat Jrでは、オペレーション部門のアソシエイトディレクターとして、ゼロからのグローバル展開を率いました。CSAT90%超を維持しながら、チーム全体のパフォーマンスを前年比25%改善しています」

「売っていたのは、子供向けのライブ1対1のオンラインプログラミング学習プラットフォームです。講師が画面越しに一人の子供に付いて、コードを書きながら教える。顧客は二層に分かれます。親(意思決定者であり購入者)と、子供(実際の学習者)です」

― この場合、「顧客の成功」はどう定義されたのですか。

「BtoCのEdTechでは、成功はきわめて感情的で、しかも二面性があります」

「子供にとっての成功は、高い没入です。自分の最初のアプリやゲームを作り上げた瞬間の『できた!』という体験と、自分の創造性への誇り」

「親にとっての成功は、目に見える認知的な成長と、支払った額に見合う価値です。わが子が筋道立てて問題を解けるようになっていく。先生から前向きな評価が返ってくる。子供が実際に作った成果物が手元にある。それが成功です」

― その定義をもとに、どんな施策を運用したのでしょうか。

「消費者向けの大量サブスクリプションでは、継続は最初の数週間で決まります。だから顧客の感情の動きを動的に追うための、自動化を組み込んだ運用サイクルを作りました」

「追跡していたのは、生徒の到達度と、授業中の親の同席状況です。子供が連続2回授業を欠席したとき、あるいは親が特定のレッスンに低い評価をつけたとき、その時点で『解約リスクあり』の運用プレイブックが即座に起動します」

― 実際にリスクが検知されたケースを教えてください。

「ある親が、10レッスンを終えたところで授業の予約を止めていました。このままなら解約に向かう軌道です」

「私たちのチームは、親が返金を申し出るより前に動きました。生徒の履歴を分析したところ、子供は9レッスン目で急な難所にぶつかって挫折していた。それを親は『興味を失った』と解釈していたんです」

「私たちがやったのは、『もっと買ってください』と押すことではありませんでした。共感力が高いと評価の高い専門講師による、無料の『ブースターセッション』を提案したんです。その特定のつまずきを越えるためだけの一回です。さらに講師には、そのセッション内で子供が完成させられる、その子に合わせたゲームを用意するよう指示しました」

「子供は戻ってきました。親は目の前でその突破を見た。そして複数月のパッケージを更新してくれました」

BtoCのカスタマーサクセスにおいて、購入者と利用者が異なる構造は日本でも珍しくない。同氏の事例が示すのは、両者に対して別々の「成功」を定義しなければ、正しい介入が設計できないという点だ。

 

うまくいかなかった案件から学んだこと

― 計画通りにいかなかったプロジェクトについても教えてください。

「リーダーとしての早い時期、急拡大のフェーズで、複数市場にまたがる運用に、複雑な自動振り分けと要員管理のツールを一斉導入したことがあります」

「紙の上では、技術は完璧でした。分析ダッシュボードも非常に高度だった。ところが導入の結果、チームの指標は一時的に落ち込み、現場からは強い抵抗が出ました」

― 何が間違っていたのですか。

「技術的な設定にすべての意識を向けてしまい、変化を人がどう受け止めるかという側面に、十分な時間を割かなかったことです。現場のチームにとって、新しいUIは既に確立された仕事の流れを壊すものでした。しかも私たちは、本番稼働の前に、現場からの継続的なフィードバックを受け取る仕組みを十分に作れていなかった」

― そこから得た教訓は。

「技術は、現場がそれを使いこなした分しか価値を持ちません。真の変革には、人事・組織運営の視点が要る、ということを学びました」

「それ以降、AIやRPAのツールを導入する前には必ず、育成の道筋、現場担当者レベルでのフィードバックの経路、そして社内の共感形成を、ソフトウェアの実装と同じ重みで優先するようにしています」

 

日本のCS/CX実務者へ — 3つの提言

― 深刻な労働力不足に直面する日本の市場に向けて、助言をいただけますか。

「日本の人口動態と深刻な労働力不足は、むしろ『自動化優先・人間中心』という運用モデルを世界に先駆けて実現するのに、最も適した条件だと私は見ています。提言は3つです」

① 壊れたプロセスを、自動化しないこと

「高価な生成AIやRPAを既存の運用に重ねる前に、今の顧客体験の導線を容赦なく洗い出し、設計し直してください。手順が入り組んでいるなら、AIは混乱を高速化するだけです。まず自己解決を前提に設計し直し、そのうえで技術を燃料として注ぎ込む。順序が逆になってはいけません」

② 事後対応から、予測型へ移ること

「人が少ないなら、電話が鳴るのを座って待つ余裕はありません。予測分析と、自動化された顧客の健全性シグナルを使って、問題が問い合わせに発展する前に介入してください。先回りの運用は、下流の接触量を劇的に減らします」

③ 人間の「スーパーエージェント」に投資すること

「AIが定型的なやりとりを大量に引き受けるようになれば、残った人員はそのまま最も価値の高い資産になります。彼らを燃え尽きから守り、育ててください。AIは置き換えるためではなく、支援するために使う——リアルタイムのナレッジ検索や、応対内容の自動要約といった形で。人材を戦略的な体験の専門家として扱えば、厳しく制約された労働市場のなかでも、世界水準の品質、たとえばCSAT90%超は維持できます」

 

3つの提言のうち、最初の一つが最も重い。

日本でAI導入の議論が「何人減らせるか」から始まりがちなのは、既存のプロセスを所与のものとして扱っているからだ。今の手順を前提にすれば、AIの価値は処理速度でしか測れない。だが同氏の55%削減の内訳が示していたのは、効果の6割が「手順を作り替えたこと」から生まれていた、という事実だった。

そして、その作り替えを実行するには、他部門に変更を要求できる所有者が要る。ツールでも人員でもなく、まずそこに人を置けるかどうか。労働力不足のなかで日本のCS/CX組織が問われているのは、案外この一点なのかもしれない。

本インタビューは2026年7月に実施した。記事中の数値・実績はAbhay Pratap Singh氏の自己申告に基づく。


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