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「トマトが育つことが、成功ではない」——ガーデニング用品を販売するCSリーダーが辿り着いた、顧客の成功とは 米国の最前線から——

この記事の要点

BtoCでもカスタマーサクセスは重要である。売り切りで終わらせず、顧客が「本当に求めていた状態」に到達できるよう支援することが、価格も商品も横並びになった時代のロイヤルティを左右する。

一見シンプルに見えるガーデニング商材でも、「顧客の成功」の定義は奥深い。Epic Gardeningが行き着いた答えは「野菜が育つこと」ではなく、顧客が「自信を持ち、できると感じ、もっと学びたいとわくわくする」状態になり、自分を"ガーデナー"だと自認できるようになることだった。

その定義が先にあったからこそ、施策が一貫した。診断アンケートによる購入前の不安解消、購入後の教育メール、地域別のパーソナライズ、コミュニティ運営——すべては「顧客をガーデナーにする」という一点から逆算されていた。

AIは「答えのある質問」に強い。しかし顧客の成功を阻む最大の壁は知識不足ではなく感情(恐怖、自信のなさ)であり、それを汲み取れるのは今も人間だけである。

この記事は、BtoC領域でカスタマーサポート・カスタマーサクセスに関わる方に向けたものです。

 


日本では、カスタマーサポート——顧客からの問い合わせに応える仕事——はすでに成熟している。しかし「カスタマーサクセス」、つまり顧客が本当に望む成果に到達できるよう能動的に支援する取り組みは、特にBtoCの領域ではまだ言葉になっていないことが多い。「解約防止」「CX」といった言い方はされても、「顧客の成功とは何か」を正面から定義している企業は、驚くほど少ない。

では、その「顧客の成功」を突き詰めてきた企業は、いったい何を、どう定義しているのか。米国でそれを体現してきた実務家に話を聞いた。

Epic Gardeningは、米国で家庭菜園・ガーデニング用品を扱うD2Cブランドだ 。

YouTube登録者数は筆者が2026年7月に確認した時点で約409万人。もともとは「家庭菜園のやり方」を教える教育系コンテンツから出発し、その視聴者に向けて、種、土、栽培キット、ガーデニングツールなどをオンラインで販売するEコマースへと展開した。動画・記事による教育コンテンツと、実際の商品販売を一体化させた「コンテンツ・トゥ・コマース」と呼ばれる形態のBtoCブランドとして知られている。

その成長の裏で、Kris氏によれば社員2名・売上20万ドルの時期から80名規模へと組織が膨らんだという。この過程でカスタマーサクセスチームをゼロから構築したのが、Kris Moriarty氏だ。同氏はその後、agentic AI(自律型AI)企業でのCX改善にも携わっている。BtoCで「顧客の成功」を最前線で設計してきた実務家の言葉は、これから同じ問いに向き合う日本のBtoC企業にとって、格好の予習になるはずだ。

Kris Moriarty氏(元Epic Gardeningカスタマーエクスペリエンス担当シニアディレクター)

― まず、これまでのご経歴を教えてください。

「Epic Gardeningに入ったのはCOVID禍でした。当時は2人だけ。動画を作る人と、私。私が全部の顧客対応を担当していました。部署もインフラもCRMもありません。それがYouTubeでCOVID中にすごく人気になって。外部資金が入り、2人から80人へと一気に増えました。売上も約20万ドルから、私が辞める頃には大きく跳ね上がっていました」(※具体的な売上高は同社非公開のため伏せている)

「何もないところからカスタマーサクセスチームを作り上げました。私が去るときには、とてもうまく回る組織になっていました」

ゼロから作り上げたこのチームは、何を目指して動いていたのか。まず聞いたのは、Epic Gardeningにとって「顧客の成功」とは何だったのか、という一番根っこの問いだった。冒頭で触れた通り、その答えは「トマトが育つこと」ではなかった。

 


「顧客の成功」をどう定義したのか

― Epic Gardeningにとって、「カスタマーサクセス(顧客の成功)」とは何を意味していましたか。


「私にとって、Epic Gardeningでのカスタマーサクセスは、誰かがトマトをうまく育てられたか、レタスを収穫できたか、という話では決してありませんでした」

「それらは節目(マイルストーン)ではありましたが、最終的なゴールではなかったんです。本当のゴールは、人々が"自分はガーデナーだ"と思えるようになることを支援することでした」

「私たちは、顧客が『怖い』『自信がない』という状態から、『自信を持ち、できると感じ、もっと学びたいとわくわくする』状態へと変わっていってほしいと思っていました。誰かが『私はもうガーデナーだ』と自認し始めたとき、その人は単に成功しているだけでなく、新しいことに挑戦し、コミュニティに関わり、シーズンを重ねてまた戻ってくる可能性が高くなります」

― 顧客によって求めるものは違うと思いますが、共通するパターンはありましたか。




「顧客ごとに動機は様々でしたが、いくつかの共通パターンが見られました。人々が求めていたのは、『自分にもできる』という自信、うまくいかなかったときの安心感、そして『単に野菜を育てているだけではなく、もっと大きな何かの一部である』という感覚でした」

― その「大きな何かの一部である」という感覚は、具体的にどう作られていたのですか。

「コミュニティが非常に大きな役割を果たしました。失敗を当たり前のことにし、成功を祝い、すべてを一人で完璧にやらなければならないと感じるのではなく、互いから学び合えるようにしてくれたからです」

「振り返ってみると、これが私の考える『カスタマーサクセス』全般の捉え方です。取引を完了させることや、単一の成果を達成することよりも、その人がそもそもそこにたどり着くきっかけとなった『なりたい自分・目指す姿』に向けて前進する手助けをすることの方が、はるかに重要なんです」

この定義があったからこそ、以下で紹介する具体的な施策のすべてが、単なる「便利な機能」ではなく、「顧客がガーデナーとして自信を持てるようにする手段」として意味を持つ。まずは、顧客が最初に触れる場面——ジャーニー設計から見ていきたい。


複雑なBtoC商材で、どう顧客ジャーニーを設計したのか

― ガーデニング用品はシンプルな商材に見えますが、顧客ジャーニーの設計で難しかった点は。

「私はまず、顧客がすることすべてを見るところから始めます。どうやってサイトを見つけるのか。YouTube動画からサイトを見つけやすいか。サイトに来たら、必要なものを見つけやすいか」

「たとえば、サイトにアンケートを実装しました。ガーデニングのやり方を知らない人が多くて、選択肢の多さに圧倒されてしまうんです。だから、何を買えばいいかを導く診断アンケートを作りました」

これは、「怖い・自信がない」という初期状態の顧客を、最初の一歩でつまずかせないための設計だ。

― 購入後の体験についてはどうですか。

「購入後のメールやコミュニケーションも、ジャーニーの一部です。単に商品の到着時期を知らせるだけでなく、そこに顧客を教育する要素を入れられているか。それが付加価値になります。人を教育することで、わくわくする気持ちを持ってもらいたいんです」

「そして、届いた瞬間の体験にもこだわりました。箱はきれいか、専門的に見えるか、説明書は分かりやすいか。ガーデニングでは自然志向が大事なので、箱がリサイクル可能・堆肥化可能であることも確認しました。購入後は、リピートしてもらうためのフォローアップ教育や、感謝のカードも送ります。私たちは『surprise and delight(驚きと喜び)』と呼んでいましたが、購入者全員に無料の種のパッケージを感謝として同封しました」

― 米国は地域によって育て方が違いますよね。複雑さにはどう対応したのですか。

「米国には11の生育ゾーンがあって、ゾーンごとに要件が違います。サイト冒頭のアンケートで住んでいる場所を入力してもらい、その地域で育てられる種へ誘導しました。フォローアップメールも『カリフォルニアにお住まいなら、この種はこの時期に最もよく育ちます』と、リンク付きで少しパーソナライズしました」

「今は多くの商品で、AIのおかげで何でも簡単になって、価格もほぼ横並びです。だからこそ、ロイヤルティは"体験"から生まれる。そして問題が起きたとき、それをどう扱うか、なんです」

このパーソナライズも、単なる利便性向上ではなく、「自分の地域で確実に育てられる」という成功体験を積ませ、「自分はガーデナーだ」という自認を強める仕掛けになっている。こうした個々の接点の積み重ねに加え、Kris氏がもう一つ大きな柱として挙げたのが、先ほど少し触れたコミュニティの存在だった。


コミュニティは、なぜカスタマーサクセスの核だったのか

― Epicでは大きなコミュニティを築かれました。コミュニティは本当にカスタマーサクセスの推進力になりますか。


「とても良い質問です。ロイヤルティを築く最良の方法の一つだと思います。これだけブランドが似通って、商品も価格も同じような中で、何が自社を際立たせるのか。それがコミュニティです」

「コミュニティは、ブランドとは違うものを生みます。自信、インスピレーション、当事者意識、そして社会的証明。今はこれがとても重要です。顧客はEpic Gardeningの商品を買うだけじゃなく、YouTubeを見て、Facebookグループに参加して、互いに助け合った。『日本に住んでいるんだけど、この果物はどう育てる?』と誰かが聞くと、日本の別の誰かが『こうするといいよ』と答える。それがブランドへの大きな推進力になるんです」

 


― 運用はどうされていたのですか。

「Facebook、Instagram、YouTubeチャンネル、それにZoomイベントもやりました。モデレーターは置きましたが、投稿のほとんどは顧客のもの。顧客が質問して、別の顧客が答える。とてもクールでした」

先ほどの「顧客の成功」の定義に立ち返ると、コミュニティの役割がより明確になる。人が一人で失敗すると「向いていない」と感じてしまうが、コミュニティの中で失敗を共有すれば、それは「ガーデナーなら誰もが通る道」になる。

― コミュニティがあると、問い合わせは減りますか。

「コミュニティはロイヤルティには最高です。でも、問い合わせ件数を減らすとは思いません」

― 意外です。なぜですか。

「たぶんガーデニング特有だと思います。あまりに複雑だから。もしベビー用品の会社みたいに、もっと簡単な商材なら、減るかもしれません。『うちの子が熱を出したけど、他の家庭は今どう?』みたいな会話は顧客同士で完結して、会社には問い合わせない。でもガーデニングは、複雑さゆえにそうはいかなかった」

― コミュニティの投資対効果が計算しにくい、という声もあります。

「そういうことを聞く人も確かにいました。でも多くはありません。私たちは『これは人を助けるためのものです。手伝いたくないなら、それでも構いません』と伝えていました」

コミュニティはロイヤルティ向上の手段であって、必ずしも問い合わせ削減の手段ではない、という率直な整理は、コミュニティ施策の投資対効果を問われがちな実務者にとって重要な示唆になる。ここまでは、人と人がつながる場をどう設計するかという話だった。では、その対極にあるように見えるAIは、この「顧客の成功」にどう関わってくるのだろうか。

(インタビュー中のKris氏)


AIは何が得意で、何ができないのか

― AIはCS/CXの役割をどう変えていると思いますか。

「今、多くの企業がいろいろなAIツールを導入して、スイッチを入れれば問題が解決すると期待しています。でも、そうはならない。AIはそういう仕組みではないからです」

「AIは質問に答えるのが得意です。BtoBでもBtoCでも、製品についての質問がありますよね。そういう質問に答えるのは、AIはとても得意です。でも、AIが力を発揮できないのは、顧客が本当に何を言おうとしているのかを理解する部分。それには人間が必要なんです」

― 具体的には、どう役割を分けるのでしょうか。

「AIは、ナレッジベースの検索には向いています。回答が正確で、ブランドの声に沿っているかを担保するのにも役立つ。でも、たとえばある顧客のところで、特定の一点について急に苦情が増えたとする。その根本原因を突き止めるのは、AIではなく担当者の仕事です。AIは質問に答えられる。でも、根本原因を見つけて経営層に持っていき、経営層がそれを直す。そこが人間の役割です」

― では、人間にしかできないことの本質は何だと思いますか。

「成功を阻む最大の壁は、知識のギャップではありません。感情なんです。間違った判断をする恐怖、自信のなさ、圧倒される感覚。AIはそれを拾えない。人間にしか拾えないんです」

まさに、Epic Gardeningが定義した「顧客の成功」を阻む壁(怖さ、自信のなさ)そのものであり、この壁を取り除けるのは人間だけだという一貫した主張がここにも表れている。

― AIが定型業務を引き受けるようになると、人間は何に最も集中すべきでしょうか。

「同じ質問を何度も答えなくてよくなった分、人間はなぜその質問が来るのかを見るべきです。ある製品でサポートチケットが多いなら、何が起きているのかをプロダクトチームと一緒に見る。人間は時間ができたことで、もっと速く反応できるようになるんです」

「AIも『今日48件、この製品にこの機能があると書いてあるのに実際はない、というチケットが来ています』と教えてくれる。すると人間は、全チケットを手作業で見なくても、すぐにエスカレーションできる。問題が大きくなる前に食い止められるんです」

 


高齢者の多いBtoCで、AIと人間をどう使い分けたのか

Epic Gardeningの顧客層には高齢者が多かった。AIと人間の使い分けは、抽象的な原則だけでなく、実際の顧客層に合わせて調整する必要があったという。

― AIとの間で葛藤はありましたか。

「とてもありました。私たちは高齢の顧客が多かったので、常に有人対応につなげる選択肢を残していました」

「ただし電話ではありません。正直、高齢の方は話がとても長くなるし、ガーデニングの質問は複雑で、それだけの人手がなかった。長い間、チームは3人だけでしたから。だからメールかライブチャットで対応しました」

― AIボットの運用で苦労した点は。

「CRMに付いていたAIボットを、6ヶ月くらい止めたことがあります。顧客にとって、解決するより問題を増やしていたからです。その後、ある会社と協力して直して、最終的にはうまくいくようになりました。でも最初は、むしろ手間を増やす高価なソリューションでした。米国ではAIソリューションは本当に高額なんです」

― コストの面ではどう判断したのですか。

「米国では、オフショアの人材をよく使います。私のチームも本当に優秀でした。良い人材を、コストを抑えながら確保できた。だから私たちは両方を組み合わせたんです。AIのソリューションと、海外拠点のチームと」

 


顧客フィードバックを「事業判断」に変える仕組みとは

顧客が「ガーデナーとしての自信」を持てているかどうかを、Kris氏はどう可視化していたのか。

― フィードバックを事業判断に変える仕組みを教えてください。

「どの職場でも、私はダッシュボードを作ります。そこに顧客の声、NPSやCSATといった指標、顧客からの実際の引用(うまくいっていること、いっていないこと)を集めます。ナレッジベース記事が何回検索されたか、どのFAQが一番検索されたかも入れます」

「週次で重要なことがないか見て、緊急でなければ月次でロードマップに載せて報告します」

― レポート作成にAIは使いましたか。

「はい。すべての情報を集めて、大規模言語モデル(LLM)にかけます。そのためのプロンプトを書いておいて、レポートを生成するんです。そして、影響を受ける各部署にそのレポートを送ります。種に問題があればプロダクトへ、配送ならロジスティクスへ、サイトの表示ミスならUXチームへ。月に一度、全チームで集まって、顧客に影響していること、すぐ変えられること、もっと大きな変更が必要なことを整理しました」

― BtoCはSaaSのように利用データで成功を追いにくいと思います。どう測定したのですか。

「注文ごとに簡単な3問のアンケートを送るツールを使いました。そこから多くの情報を得て、SQLでキーワードやパターンを検索しました。Googleレビューなど各種レビューは、別のツールで月次で集約しました」

「それから、私は顧客に電話もしました。月に20人くらい、話してくれる人に。エージェントに『この商品を買って問題があった顧客』みたいな条件を伝えて選んでもらい、電話した相手にはギフトカードを送りました」

― 印象的だった施策はありますか。

「私のお気に入りの一つは、エージェント一人ひとりに毎月10ドルのギフトカードを20枚渡したことです。ただし、問題を抱えている顧客ではなく、良いやりとりができた顧客に送るというルール。これはとても効果的でした。みんな本当に喜んでくれました」

日本のカスタマーサクセス実務者へ — Kris氏からのメッセージ

― 最後に、日本のカスタマーサクセスに携わる人へメッセージをお願いします。

「企業は『コミュニケーションが多いほど良いカスタマーサービスだ』と考えがちですが、そうではありません。大切なのは、コミュニケーションが的確であること。効率は重要ですが、ただチケットを閉じるために急いで対応してはいけません」

「成功するカスタマーサクセスは、業界や企業の規模で分かれるのではありません。分かれるのは、"顧客が良い体験をすることを、何が妨げているか"を見ているかどうか。顧客の規模の大小は関係ありません。担当者がそれを見つけて、早く改善するほど、会社は良くなる」

「そして、カスタマーサクセスは会社のすべての部署です。組織は、顧客体験が会社全体のものであって、カスタマーサクセスチームだけのものではないと理解する必要があります」

 


冒頭の「トマトが育つことは成功ではない」という言葉に、改めて立ち返りたい。社員2人からのスタートで、ガーデニング領域で有力なブランドへと駆け上がったEpic Gardeningの背景には、「顧客を"ガーデナー"という自分の物語の主人公にする」という、一貫したカスタマーサクセスの定義があった。ジャーニー設計も、コミュニティも、AIとの役割分担も、すべてはこの定義から逆算されていた。

BtoCのカスタマーサクセスは、SaaSのように利用データだけで測れるものではない。だからこそ、「顧客にとっての成功とは何か」を先に言葉にすることが、あらゆる施策の出発点になる。日本のBtoC企業がこれから「顧客の成功」に踏み込んでいくとき、最初に問うべきなのは、ツールでも体制でもなく、この一点なのかもしれない。それが、このインタビューを通じて見えてきた最大の示唆である。

本インタビューは2026年7月、オンラインにて実施した。


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この記事の要点 BtoC企業にもカスタマーサクセスの考え方は必要だが、BtoB SaaS向けの手法をそのまま使うことはできない。顧客数の規模、意思決定構造、関係性の続き方が異なるため、BtoCには「仕組みによる支援」「感情の構造的把握」「複数指標での顧客理解」というBtoC固有の設計が求められる。
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はじめに 「顧客の声(VOC:Voice of Customer)を大切にしています」。そう掲げる企業は少なくありません。実際、問い合わせ記録、アンケート、レビュー、SNSの投稿など、顧客の声を集める手段は非常に充実しています。
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